続・自宅出産でお子さんを亡くされたお母さんからのメッセージ

りかさんのご意見(自宅出産でお子さんを亡くされたお母さんからのメッセージ)の続きです。

昨年の8月のお産は、総合病院の産婦人科でお産をしました。主治医は男性でじ~っと私の下手の方にいて、母体とお産の進みとを観察していました。助産師が3名。一人は私の会陰保護を目的に会陰を伸ばしてくれてました。もう一人は、子の心拍を計っていました。もう一人は、生まれたら直ぐに羊水で息が詰まらない様にと、吸引の管を首にぶら下げて、監視しています。研修医の男性は右を下にした横向きの私の左足をずーっと持ってくれていました。主治医一名、助産師3名、研修医一名の贅沢なお産でした。旦那は、私の上手にいて、立ち会い分娩でした。

今回のお産で、破水がどんなものなのかを、体で知りました。陣痛が始まり、産まれてきて、その後の後産がどんなものかを、体感しました。

死産になる理由、また、死産にならざるおえなかった理由が、わかった様に思いました。

当然、一つ一つ、一人一人、のお産は異なることは、事実ですが、死産に至るお産は異常であったと、昨年のお産ではっきりしました。その異常を異常と理解出来ない、察知出来ない、当時、担当した助産師は、大変未熟者でありました。私の死産の前に取り扱ってきた(取り仕切ってきた)お産の中には、倫理や法律を無視した行為が積み重なって行われてきたと、容易く想像出来ます。

【赤ちゃんは、簡単に死なない。】
そう思っていたと思います。命に対して傲りたかぶっていたと思う。だから、クリステレルも私のお産を含めて、産まれてこなければ、当たり前に行っている口振りでしたし、私の丸6日間に及ぶお産にも、途中、嘱託医を受診させる事もなく、死産と言う形で、終わらせたのでしょう。

………仮眠も取れたんだと思う。

死産の責任の所在は、何処にあるのか?
はっきりと、死なせた事の罪、ペナルティーを科せたら良かったのか?今も、悩み、苦しみ、もがいています。

助産師としても、人としても、女性としても、子を持つ母としても、その感覚、感性は、最低だと思う。

我が子を亡くしてみてほしい。出来ないなら、想像して欲しい。絶対に「産まれても産まれなくても、どっちでも良かった」なんて、リーディングの結果であっても、言えないですよ。

亡骸にでも位牌にでも土下座して「死なせてしまって、本当に申し訳なかった。ごめんなさい」じゃないのですか?

それが、人の心だと。

マスコミや書籍に引きずられないで欲しい。
人は人。人様が出来て、貴方に出来ない事がある。逆もしかり。

病院でも、お産になにもなけれぱ母子手帳には【自然分娩】って記入されます。

どんなお産でも、安全が担保されないといけません。助産師の経験や知識、思想や方針は、安全が担保されないと思います。それは、一つ一つ、一人一人のお産が違うから。

自宅出産する前に、もう一度、考え直すきっかけになれば…そう、切に思っています。

お願いします。

『赤ちゃんをリスクに曝す権利はない』

先日の当ブログ「低リスク妊婦といえども、ノーリスクなわけではない」でもご協力くださったドクターサイコさんが、『The Lancet』という雑誌に掲載されていた記事「Home birth」 (当ブログにaさんがコメントしてくださっていました)の要約を翻訳してくださいました。
ドクターサイコさん、aさん、有難うございます。

Home birth—proceed with caution
The Lancet, Volume 376, Issue 9738, Page 303, 31 July 2010


病院以外で産みたいという要求が増加し、先進諸国でも自宅出産が増えている。オランダでは1/3の女性が自宅出産で、英国では3%、米国では1%である。
米国では自宅出産が増加している理由の一つは病院出産での帝王切開率が年々増加していることにある(現在約1/3が帝王切開)。これは米国の医師や病院が訴訟を避けるためにリスクのある経膣分娩をしたがらないためである。一方で米国産婦人科学会(ACOG)は帝王切開ガイドラインを発表し女性の意志を尊重するよう強調している。
リスクの低い母体にとって自宅出産は安全なように見えるが、自宅出産ではトラブルが生じたケースでは病院出産に切り替わるなど、データの解釈には注意が必要。オランダのデータは自宅分娩の予定であった初産婦の最大40%が病院に移送されていることを示唆している。
専門機関の声明も矛盾がある。オーストラリア保健省や英国王立助産士協会などは低リスク妊婦の自宅出産を支援しているがACOGは安全上の懸念と科学的根拠の無さから自宅出産を特に薦めていない。ACOGは自宅出産は健康な赤ちゃんを産むという目的より産むプロセスへの趣味性を重視することを意味すると言っている。
最新のメタ解析では自宅出産は病院出産より新生児にとって有害であるということを示した。自宅出産の主なリスク要因は助産士の技量不足と病院へのアクセスの欠如である。
女性には産む場所や方法を選ぶ権利はあるが赤ちゃんをリスクに曝す権利はない

※強調しているのは私、琴子の母です(正直、全文強調したい)

併せてこちらも是非>「低リスク妊婦といえども、ノーリスクなわけではない」
助産院・自宅出産を考えている方はこれら問題点の指摘を無視してはいけない、簡単に流してはいけないとおもいます。

  • ACOGは自宅出産は健康な赤ちゃんを産むという目的より産むプロセスへの趣味性を重視することを意味すると言っている
  • 最新のメタ解析では自宅出産は病院出産より新生児にとって有害であるということを示した
  • 自宅出産の主なリスク要因は助産士の技量不足と病院へのアクセスの欠如である

に激しく同感し、そして、私は出産に医療介入を拒む心理を、その結果で子供が死ぬかもしれないことを「自然淘汰」という言葉で誤魔化すことも胎児虐待だとおもっていますので、

  • 女性には産む場所や方法を選ぶ権利はあるが赤ちゃんをリスクに曝す権利はない

この言葉を多くの方に知って欲しいです。

反医療、自然出産の覚悟が出来ているという方へ

日付が変わりましたね、琴子の生まれた日になりました。
でもまだ生まれていません。
7年前の11時過ぎに生まれました。
そして、午後には死んでしまいました。
だからまだおめでとうでもないし、死んでしまった時を迎えて詫びるのには早いのです。

こういうことを話すと、自然出産を薦めたいだけの方からは
「あなたはまだ子供の死を受け入れられていない、可哀相な人だ」
と優しい言葉で罵られます。
でも他所で話しているのを見ていると、病院で無事に生まれた母子に「きっと暴力的なお産だったでしょ? 酷いお産だったでしょ?」と近付いている様子ばかりです。
おかしいですね。
子供が死んでしまうことよりも、私を待たせるなんてふざけてる、私を一番大事にしてくれなかった!というようなこと(ですよね?)の方が大事だなんて、おかしいですよね?


無介助分娩の問題により、多くの方のご意見を目にする機会に恵まれました。
からしてみると、無介助分娩は一部の助産師の方たちやそれらを持ち上げて商売にしている、自然出産を推奨していた方たち(時には医師もいますね…、助産師会だってそうだ)にも大きな責任があるとおもっています。
これだけお産を軽視するようになったのは、「女性には産む力がある」「病院で生まれ、管理された子供は可哀相」などとさんざん言ってきたからでしょう。
医療の発展に胡坐をかいて、言いたい放題だった。
無介助分娩はそこら辺の意識が大きく手伝って、一気に浸透したんじゃないでしょうかね。
そりゃそうですよ、「助産師はただ見守るだけ」とかって言っていましたよね?
だったら助産師だっていらないよ!ってなりますよ、そりゃなります。
これは当然の結果ともおもっています。


先日、当ブログで医師のお二方のお言葉から
自宅出産のリスクの説明
を紹介させて頂きました。
自宅出産を計画されている方にはこれでも届かないんだろうなぁ。
自宅出産のお風呂で水中出産は危険ですよ、これは介助する助産師の指導の責任は否めないでしょう。
以前に当ブログでも産褥熱でお話しましたし、
うろうろドクターさんのブログうろうろドクターから「水中出産か…orz
skyteamさんのブログ東京日和@元勤務医の日々から「自宅分娩に水中分娩☆マスコミさんは責任とりませんヨ
他にも危険を教えてくれるサイト、ブログは沢山あります。
助産師介助であっても、自宅出産の衛生面は管理され難いために無法地帯のようなもんです。


産む前に、本気で子供が死んでも構わないっておもうんですか?
理解出来ない。
私はそんな風にはおもっていませんでしたよ。
助産院で子供が死んだ私でさえ、そんな風におもっていませんでした。
助産師を信じていたのと、当時は全くといって良いほど称賛以外の情報がなかったこともあって、私は愚かで気付けずにいて、医療から遠退くお産がどれだけ危険なのかをわからずにいた。
だから、子供が死んでしまうなんて想像していませんでした。


では、ここから先は『自分が自宅出産をしたいのだから、きっとお腹の中の子供もそうおもっているんだ。そして、私や子供が死んでもそれは仕方のないことだ』という覚悟をされている方に読んで欲しくて書きます。
反医療、自然出産の覚悟が出来ているという方への私信です。

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亡くなっても赤ちゃんはいつまでも柔らかい、ふわふわとしたお人形さんのような赤ちゃんのままだとおもっています?
現実は物凄く残酷ですよ。
もっと説明したいけど、倫理的にアウトと言われるかもしれないから簡単にしか言えないんですけどね、ぎゅっとしぼんだ感じになってしまいます。
天使ちゃんの家に行くと、温かいときの顔は皆違うんだけど、時間が経ってからの写真を見ると、不思議と皆同じ顔になっています。
これは大人の死と大きく違うところかなっておもうんですよ。
大人というか、ある程度生きた方だと表情の記憶もあるせいか、それぞれの顔でお骨になっていきますけど、赤ちゃんは不思議と同じような顔でお骨になるようですね。
地蔵尊が子供からっていうのはわかりますよ、その通りです。


私が琴子の遺体を前に「いつまでもここに寝かせていたい」とこぼしたら、真面目な顔して親族や葬儀屋さんから「腐ってしまうから、置けて3日」と言われました。
おかしいですか?
そうですね、ちょっとおかしかったのかもしれませんね。
でも天使ママの一人の方にこの話をしたら「その気持ちを理解できるのは私たちだけなんだろうね、私も剥製にしてでも手元に置きたいとおもった」と話してくれました。
私も全く同じにおもっていたんです。

火葬場の申し込みをする際に、幼い子供ほどなるべく午前中に予約を入れるようにするそうです。
何故かわかります?
数名の方をお骨にした後だと熱が残っていて、あっという間に燃えてしまって骨も残らないからだそうです。
琴子のときは夏で暑いからドライアイスを使っても3日間しか待てないと言われ、更に火葬場は既に予約で午後しか空いていないと言われ、火葬場の方が気を遣ってくださり、なんとかお骨は拾えましたが、この先の記憶が曖昧なんです。
確かにお骨を拾わせてもらいました、琴子は私たちの勝手で死んでしまったので、決して親不孝ではないので拾いましたけど、棺の中の琴子に最後のお別れをした記憶はあるんですけど、お骨がどんな風だったかを思い出せない。
あぁ、火葬場の煙突から上がる煙を見て、駆けつけてくれた知人が
「煙になってお空に向かっているんだね」
って優しく言ってくれたのを思い出しました。
しかし全く嬉しくなかったですよ。
煙は不幸の色そのものでした。
「もう二度と会えない」ということを確信させられました。
これで剥製にも出来なくなった。

あなたたちが迎えるかもしれないのは、こういうことでもあるんです。
まぁ、倫理的に無理なこともありますので、全然優しい想像の範囲です。
もっと沢山書いたんですけど、ちょっときついかなっておもって削除しました。

どうかカッコイイことのような想像をしないでください。
自分の理想を追うことが正しいなんておもわないで欲しい。
「医療は不自然で子供が死ぬ方が自然−私はそれを受け入れる覚悟がある」ということは、自分がいかに子供に対して残酷なことを言っているのか…でもきっと届かないのだろうなぁ。


では質問。
なんのために産むのですか?

もしかして、妊婦という特別な日々を求めていただけではないですか?
自分の人生最高の一時と言われそうな妊娠生活の最後を飾るのが、『ちょっと先行く(?)やってみたいお産』なだけではないですか?
だから「お産で終わっても仕方ない」=「子供が自然の中で死んでも仕方ない」って仰るのではないですか?
でも本来、お産は新しい家族を迎えるための始まりではないのですか?
100%の安全と無事はどの施設でも保障されません、それは残念ですが事実です。
でも、子供が無事に生まれるために最善を尽くすという意味では、施設で大きく差が生じます。
母子の安全を第一にして頑張っている助産師の方には申し訳ないことだけど、やはりすぐに帝王切開が出来ないとか、心音が下がってきて子供が異常を訴えていることに気が付く術がない、救いを求める子供にすぐに医療の処置が出来ないと言うのは死や障碍へのリスクが高くなるんです、それを認めない「助産院や自宅で産む方が安全だ」というような助産師ならば、かなり問題の多い助産しだとおもいますよ。
多分、あなたにするべき説明をしていないのではないかな?
VK2シロップもそうですよ、「飲ませないでも大丈夫だけど」というような説明ならば、それは先にあなたを洗脳しているだけなんです。

自分のやりたいお産のためなら子供が死んでも仕方ないというような意味合いを言うなんて、私には理解出来ません。
自宅出産を選ぶにしても、「子供が死ぬことも覚悟している」なんて決して言ってはならない言葉です。
お腹の中で子供に先天性の異常がみつかって、生まれても数時間で亡くなると宣告された親でさえ、子供には少しでも長く生きていて欲しいと願いながら産むというのに…信じられない。

きっと子供になにかあったら言われますよ、あなたに自然出産を薦めた方達から「子供が選んだ結果なんだ」って。
でも違うでしょ? あなた達は先に「自然の中でなら子供が死んでも構わない、何かあってもそれは子供も選んだことなんだ」という選択をしているんですから、その子が選んでいるわけではないのですよ。
ごまかしです。
子供に押し付けているんです、親達の勝手を。
更に言えば、もう自己責任ですよ、ここまできたら完全にその域に入っています。
確かに、説明責任を果たしていない無責任な助産師はまだいます、ホメオパシーなどにしたって今のような在り方ならば、反医療の意識から完全に離脱できるとはおもえない。
病院や薬を否定して成り立っているのが現在の助産院(自宅出産)ですから、国家資格を持つ助産師が持つべき責任は重いです。
でも、あれだけ必死に「きちんと解答してくれ、納得出来る説明をしてくれ」という方達の声にも上辺の言葉でしか答えられず、「覚悟している」の一点張りならば、もう十分にそれは自己責任ですよ。
(でも、そうやって自己責任の結果を生む意図ある方達もいるわけですから、問題は複雑で根深いのだと痛感します)



子供だけじゃない、母体にも同じです。
子供が生まれたら、子供は母親を必要にしてくれます。
だから医師たちは必死に母体も救おうとしてくれます。
でも、あなたは「自然の中なら死んでも仕方ない」と言う。
申し訳ないけど、この発言は親としての発言とはおもえないです。
きっと最善を尽くされた中でも亡くなってしまった母親達は、少しでも子供の成長を見届けたかったとおもっていたでしょうし、子供だって心にどれだけの傷を負うか…



産み方は生き方ではないし、自分らしいお産とは本来、母親らしく子供の無事を祈ることだとおもいます。
きっと、昔の女性達は子供の無事を祈って、そしてそれに答えたのが医療だったのだとおもいます。
その医療でさえ救えない命がある…だからって医療から遠退くのは間違っているんです、助かる可能性があっても、遠退くことで救える命でさえ亡くしてしまうのです。
お産で満足するとかしないとか、子供が無事でなければそんなのはなんの意味もない。



今日は少し書き過ぎましたかね。
他所で書くよりも、琴子にも聞いて欲しい話だったのでここに書きました。

明日からまた、コツコツとブログ運営をしていきます。


母子共にご無事であるように祈っております。

自宅出産のリスクの説明

先日、当ブログ『こうやって、自己責任にされていく』(7月27日記)にご意見くださった産科医のおさママさんのご意見を紹介させて頂きます。

自宅出産をした方で、その際に助産師にきちんとした説明を受けたというmimiさんへのご意見です。
先にmimiさんからのを一部抜粋してご紹介します。

私は第一子は病院で産んで、第二子は自宅出産で産みました。私のところに来てくださった助産師さんは、自宅出産のリスクも丁寧に説明してくださいましたし、逆子は自宅では産めないこともしっかりお話くださいました。自宅で出産できるのは、それより前にしっかり検査を重ね、安全であるかの見極めがしっかりできるからだということも。お金がかかるものを勧められるということは一切なかったです。

次がおさママさんからです。

こんばんは。信頼できる助産師さんがいてくれて、無事自宅出産が出来たんですね。
結果的に問題なくて、本当によかったと思います。
ほとんどの方、特にローリスクの経産婦さんは自宅分娩でも問題ないでしょう。

リスクを丁寧に説明受けたということですが、本当のリスクは「自宅分娩」そのものなんです
もしも、お子さんが仮死で産まれた時(それは、いつでも起こるし、産まれてみないとわからないこともあります)、あなたの自宅には吸入できる酸素はありましたか?蘇生をしやすい台、赤ちゃんを暖めたり、吸引をしたり出来るものはありましたか?酸素飽和度などのモニター類はありましたか?蘇生に熟練したスタッフが複数いましたか?
そういうものが、「自宅」または「助産院」にはないんです。

そのことについては、説明は受けたのでしょうか?
蘇生がうまく行かないと低酸素性脳症となったり、新生児死亡となりえることを受け入れたのでしょうか?
骨盤位だから、新生児仮死・死亡となる訳ではありません。
頭位でも経産婦さんでもなります。
ただ頻度が違うだけです。

もちろん私の病院でも、すべての蘇生の必要な赤ちゃんを助けることが出来るとは言えません。
でも、私も含めて病棟のスタッフのほとんどは、新生児蘇生コースの訓練を受け資格を取り、
蘇生器具はいつでも使えるようにし、モニター類も用意し、
分娩があるときは、いつでも保育器を暖めて使えるよう準備をしています。

(強調しているのは私、琴子の母です)
ちなみに、後におさママさんの知人の方が自宅出産された際に酸素を持ち込んだりした助産師も居たそうで、そのように準備出来ている助産師もいるというご報告を個メールで頂きましたので、この場で付け加えさせて頂きます。
ただそれでも、病院での設備に適うわけはなく、更に私からここに自宅出産のもう一つの大きなリスクとして、衛生上の問題もあげさせて頂きます。

自宅出産を選択する際に、搬送を受け入れてもらう可能性のある病院までの距離や、交通事情で考えられる問題も無視しないで欲しいです。
救急車が渋滞の道の中、徐行でやっと通過していくのを通勤時間帯に目にしたこともあります。
これは助産院の場合も同じですね。
自分では帝王切開をしないつもりでも、急変は誰にでも生じる可能性があるってことを知っておく必要はあります。
その帝王切開がすぐに出来ないのが助産院、自宅出産で、更におさママさん仰る蘇生をするのに適した台とか、生まれたばかりの子供の命にすぐに対応出来るかは、十分に検討された方が良いとおもいます。

悲しいことに、「じゃぁ病院なら100%無事なのか?」と問われると、はいとは言えません。
でも、『親として最善を尽くしたのか?』という自責の念、最後はここに辿り着きます。

助産師が説明しないからその問題は存在しない、というのではなく、存在する問題の説明がないだけなんです。

自宅出産を選択する際に、是非、おさママさんのご意見を参考にして頂けたらとおもっております。

追記;
産科医の桜井純一郎さんからのコメントも、自宅出産のリスクの説明として知って欲しいとおもいます。

そうですね。
おさママさんとは違う表現になりますが
「自宅出産の場合(や助産院での出産の場合)『病院なら助かる状態』でも貴方や赤ちゃんが死ぬことがあります。あるいは重大な後遺症が残ることもあります。それで良いですよね?」
という質問を貴方と、あと夫にも(必要ならばその他の家族にも)されましたか?ということですね。
それが「自宅出産のリスクも丁寧に説明する」ために必要な内容です。
はっきり言われてないとしたら「きちんとした説明」とは思えないし、家族に話すことなく貴方だけに説明、というのでしたら以ての外です。

なお細かい差異を言い出すと病院や産科医院であっても、開業医と総合病院と周産期センターとなどなどで全部リスクは違いますが、自宅分娩や助産院とは格段の差があると思っています。

おさママさん、桜井純一郎さん、有難うございます。

自宅出産のリスク

開業助産師の方に質問があります。
自宅出産と助産院の違いはなんですか?
衛生面、器具等での違いを特に伺いたいので、なるべく具体的にご意見いただけます様、お願い申し上げます。

さて、自宅出産のリスクについてです。
実はこれ、今まさに資料集めをしているんです。
個メールでもご意見くださる医師の方に具体的な搬送例とかを頂けたらとお願いしているところなんです。
そこで教えていただいたのがうろうろドクターさんのブログ
うろうろドクター - Yahoo!ブログ
の2010年7月9日記>

自宅分娩はやはりリスクが高い?

です。

計画的自宅分娩群で(新生児の)死亡率が高かったことと医学的介入率が低かったことが関連している可能性私も多いに関連していると考えます。

自宅では吸引もできませんし、新生児科医もいませんからね…

十分な人員や機材があれば別ですが…、普通は無理ですよね。

とありますが、これ、助産院でも同じですよね?
助産院だと吸引が出来て、新生児科医はすぐ来ますか?
無理ですね。

以前にこのブログにご意見くださった開業助産師の方が、酸素も置いていない助産院があると指摘されていました(それがどこにあるコメントか、結局探し出せないでいます…)。
その意見を目にしたときに、「酸素? そんなのが助産院にあったりするの?」と私は驚きました。
医師の方からは「酸素が仮にあったとしても、新生児の蘇生は簡単なことではない」というご意見も頂いていますので、そこでどのくらい助産師の方達が研修や実施をされているかも知りたいところです。

uckdragon2009さんが先ほど教えてくださったのも、
忘却からの帰還から
「家庭出産の新生児死亡率は病院出産の2倍」
で、翻訳の仕方が違うのか私には同じだと断言できないのですが、同じものに感じられます。

経産婦で尚且つリスクが少ないと見積もられた方達が自宅で産んでいるというような解釈の出来る部分もありますが、初産から自宅出産している、請け負っている助産師もいます。
勿論、頑ななまでに初産の方は断るという助産院もありますが、初産の方がリスクが高いからうちは受け入れないよっていう助産師のからみて、自宅でも助産院でも初産の方を受ける助産師はどううつるのでしょうか。


これから自宅出産、助産院を選ぼうとおもう方には先に知って欲しいことだと、よく考えて欲しいことだとおもいます。

『出産と感染症』、自宅での水中出産について

luckdragon2009さんが教えてくれましたブログの記事です。
感染症診療の原則
の7月30日の記事
出産と感染症
luckdragon2009さん、有難うございます。

水中出産の、それも自宅で…というのは、当ブログでもちまの母さんの例もあって、何度も話はしています。

中にふぃっしゅさんがくださったコメントもありますので、下記に

新生児破傷風なんて日本では過去のものという認識だったので、驚きです。産褥熱も、私自身は20年の病院・クリニックの中では経験がありません。

看護教育、助産師教育の中で、当然、滅菌と消毒についての教育があります。滅菌した器材を使用せずに、消毒レベルの煮沸なんて通常では考えられません。



分娩一期に温まるためにお風呂に入るのは良いと思いますが、水中での分娩は個人的には抵抗があります。

普通、児頭娩出間近になると肛門が開いて、たとえ便はでなくても直腸粘膜が露出します。水中でも同じ状態なので・・・何だかなぁという感じです。



また、医学的な清潔・不潔の観念では、床というのは落下細菌などが多いので「不潔」です。畳の上の分娩を取り入れている病院がありますが、それも抵抗があります。いろいろな人が出入りし、歩きまわり、お産ですから羊水や血液なども飛び散っている可能性があります。清掃を徹底しても、畳と言うのは十分にきれいにできないでしょうし、そう頻繁に換えられるものでもないし。院内はいつも暖かいので、ダニとかも大丈夫かな・・・と。

産科での感染予防について、もう少し具体的な指針が欲しいですね。

また、いち産婦人科医師さんからの当時のご意見も紹介したいけど、もしご覧くださっていたら一度、承認くださると有難いです!ので、可能であれば後日追記させて頂きます。

家のお風呂で使いまわしのジェットバスを…ということを、厚労省にちまの母さんとほぼ同時に問い合わせたんです。
メールで問い合わせられるようになっていたので。
でも、今でも厚労省からの返事はありません。
送ったのは2009年の5月のことと記憶しています。
もう1年経ちました。
今度、胎盤を食べることで厚労省にお尋ね申したいことがあるので、そのときに一緒に聞くつもりですが、事実、助産師を呼んで自宅出産をした、その時にジェットバスを使うように指導されて使ったことが原因とおもわれる産褥熱だったのに、『自宅出産における衛生の監督は管轄外』というのは、私としては驚いたので、きっと、一般の妊婦さんもこの感覚は同じだろうとおもわれます。
まさか国家資格を持っているから助産師を頼って呼んだのに、衛生面は病院に匹敵するほど管理されていないというのは自分の家だからこそわかっていることだけど、使用する器具等についてまでもとは多分一般的にはおもっていないんじゃないでしょうか。

今回ご紹介しましたブログ記事の中で、レメディから波動、そして最後にオーリングに辿り着く…なかなか面白い展開っていうか、やっぱりなぁ〜と。
オーリングは私も遊び感覚でやったりすることはありますよ、波動も友人の友人(某政治家だとここでアルカイダが出てきますね! 私の場合は一般人です!!)が波動を見る機械っていうのを持っていて、隣の部屋であーだこーだとやっていました。

胎盤を食べることでも、感染症の話は出てきていますので、非常に興味深いお話でした。

中日新聞の記事

先日、当ブログに山口(産婦人科)さんがお寄せくださったコメントで、中日新聞の件を知りましたので、知人にお願いし、記事掲載の新聞を送ってもらいました。

2009年6月5日の中日新聞、夕刊にその記事がありました。
カラー写真で自宅出産している方の様子を紹介、超音波検査をしている助産師の方の姿もしっかりありましたが、超音波を助産師の方が用いることを検査として問題がないのか、助産師会や助産師の方が看護師の方が内診することを問題とされるのならば、ご自身達の行動、言動にももっと責任を持て欲しいところです。
記事内容は自宅出産や助産院でのお産が本来のお産だというような締めくくりであることから、やはりニュアンス的に“病院でのお産は人工的、不自然なお産”と語っているといえるとおもいます。
病院への搬送等、リスクの説明は皆無で、お見事ともいえるくらいです。

誕生の喜びを家族でというのは、どのお産でも望まれていることで、自宅出産や助産院でないと出来ないことではないというのは、開業助産師の方の中にはないのでしょうか。
私も勿論、琴子のお産に家族の喜びを求めていましたが、その喜びが簡単に“死”へと転じ、追い払われるように琴子の亡骸を抱いて家族で帰りましたが、そういう話を助産院や自宅出産を考える方にはしてはならないのは何故なのでしょうか。
また、リンズ、ダンジを病院で出産しましたが、家族の喜びは子の無事を知った瞬間に当たり前に湧き上がりました。
何処で産むかは問題ではない。

新聞や雑誌等、自宅出産や助産院を語る際に、どうして安全性については触れられないのか。