“幻想”という現実を知ればこそ。

産科医療のこれから」の
「東京都議会における塩村文夏都議へのヤジ事件に遺憾の意を表明します」
を拝読。

 子どもが産まれるのが当たり前、元気に産まれて当たり前、結婚して当然というのはただの幻想です。

本当ですね。
“元気に産まれて当たり前”は本当に、幻想でした。あっという間に死んでしまった。「温かいうちに抱いてやれ」っていう言葉が辛くてたまらない。ずっと温かいままだったらいいのに。あっという間に硬なって、水分なくしてしぼんでいった。

どんな場面からでも、私は“無事に産まれるのが当たり前じゃないんだ”っていうことを知っていってほしいと願っています。

嬉しかったこと。

産科医のharuさんのブログ『産婦人科医はがんばってる。』の2007年8月25日の内容

死産を乗り越えること

を読み、嬉しくって泣きました。

私も感想を書き込ませて頂きましたが、私たちの可愛い小さい愛しい子供が、親以外からは忘れられやすい宝物は、こうやって生き続けてもいるんだって。


ありがとうございます。

嬉しかったです。





問:どうして人は死ぬのか

何気なくチャンネルを変えていたら、細木数子氏の顔。

何気なくそのままにしていたら、小学生からの質問に答え出した。


ある小学生が

「どうして人は死ぬのか」

と聞く。

すると細木氏は『清らかな心の人ではないから、神様に見捨てられて早く死ぬ』というようなことを、小学生相手に得意げに言っていた。

え?

細木氏の発言、おかしくないの?

誰も彼も、一緒に出ている子供の親たちまでもが黙って聞いている。

どう解釈しても、いくら相手が子供だとしても、間違ったことを言っていませんか? って、どうして誰も言わないの?

そうじゃないでしょう。

死生観は十人十色、色々な意見があるのは当然だけど、若くして亡くなる、幼くして亡くなるほどに、心が澱んでいて、神様から見捨てられた人だというのか。

子供たちに『正しく、清らかな心で生きろ』と言いたいのだろうけど、言うべき場面じゃない。

それとこれとは意味が違う。


まぁ、細木氏の愚かな発言くらい、ちゃっちゃと聞き流す術で応対するべきなんだけど、相手が子供というだけに、聞き捨てならない心境になりました。

『お前の○ちゃん、心が汚いから神様に見捨てられたんだぞ、やーいやい!』

なんていう、そんなイジメが発生しないことを祈るばかりです。

細木氏、子供って侮れないよ、テレビなんだからもっと侮れないよ。


私なら…「じゃぁ、何故人は生まれてくるのか」と問い返した後、

『命(生きること)を大事にするために、終わり(死)が用意されているのではないでしょうか』

と言うかな。

私の答えが正しくないとしても、それ以上に正しくないのは細木氏の答えだということだけには、自信がある。





子供を失った親への言葉−弐

昨日が“言われて不快”な方だったので、今日は“言われて嬉しかった”ことを思い出していきます。

先にお断りしておきますが、言われて嬉しかった方には何故か宗教色が濃いのが多くありますが、私は特別に強く信心している、特定の宗教・宗派は無く、ただ、昔から仏教には興味があったので、基本は仏教となるとおもいます。

今日の日記で伝えたいことは、決して宗教の選択ではなくて、琴子を亡くした後、琴子のことで“言われて嬉しかった”ことがどんな言葉だったのかです。



『天国では皆、苦しみもなく、幸せに過ごしていると私は聞きました』

これは琴子のことで出会った女性に言われました。

クリスチャンだそうです。

初めてお会いして、それも少し対峙するような立場の方だったのに。

私も天国があると、人間は死んだら天国か地獄か、とにかく魂はあり続けると信じていたので、琴子に未来(天国)があると自然に言ってくれたのことにはとても喜びがありました。


『般若心経を読んでもいいかな?』

私達夫婦が仕事でお世話になっていた先生夫妻、私達からの報せを受け、すぐに駆けつけてくれました。

まだ私達の身内も来ない頃で、先生は仏教の勉強をされていて、上記のように言ってくださり、その場で般若心経を読経してくれました。


『まるでお地蔵さんだね、凄く素敵な顔をしている』

これは上記の先生夫妻の奥さんが言ってくれました。

私は奥さんに「抱いてやってください」と、自分にとってはひたすらに可愛いだけの琴子だったので、深く考えずにそう言ってしまったんです。

奥さんは嫌な顔一つせず、琴子を抱いてくれました。


『私も毎日、琴子ちゃんのことを祈ります』

私の友人夫婦が遠方から来てくれて、帰り際に言ってくれた言葉。

彼女もクリスチャン。

自分以外の人が毎日琴子を想ってくれるなんて、とっても嬉しかった。


『私の信心している神様に、毎日琴子ちゃんのことを祈らせてください』

これは義兄の実家が電話をくれて、言ってくれた言葉。

これまたある宗教を信仰している。

どんな宗教でも神様でも、琴子のことを祈ってくれることにはひたすら感謝している。

この気持ちはいまでも変わらない。


『うんうん、天国は楽しいって言っているよ』

友人の子供(当時確か小学2年生の男児)が琴子の写真を耳にあて、言ってくれた言葉。

凄く嬉しかった。


『これで琴子ちゃんに靴を買ってあげるよ!』

琴子を見送ってから1年ほど経った頃、甥っ子(当時6歳)が小さいお財布を大事にしているのを見て、「オバチャンに何か買ってよ」と言ったら上記の言葉を返してくれた。

どうして靴かというと、それ以前に私が甥っ子に

「琴子には靴を持たせてあげられなかったから、靴をあげたいんだ」

と言ったのを覚えていてくれたから。

お財布の中には100円にも満たない小銭だけが入っていたのだけど、甥っ子の琴子への気持ちが熱くて嬉しかった。

甥っ子は私に琴子の話をすると喜ぶとわかっていて、身内の中、唯一琴子の話をしてくれる存在だった。

不思議だね、リンズが生まれたら琴子の話をしてこなくなった。

流れを、子供ながらに持っているんだろうな。


『泣いた顔も見たかったし、目を開けたらどんな感じだったのか、知りたかったよね』

普段はあまり会うことのなかった友人だったのだが、琴子の後、外へ出られるようにと誘ってくれて、買い物に連れて行ってくれた。

道中、私が『思い出がないだけマシと言われることが辛い』と、この友人がどう返事をしてくるか怖かったけど、堪えきれなくて言ってしまったら、私の気持ちを理解してくれていたことがわかった。


『子供だって、親の幸せを祈っているんだよ』

先に出た先生の奥さん。


『琴子ちゃんに会いに行くよ』

遠方から友人が来てくれると電話があり、もう琴子はお骨になってしまっていたんだけど、“琴子に会う”という表現がとにかく嬉しかった。

人として扱ってもらえることは、無条件に感謝していた。



言葉だけじゃないです。

私の家に来てくれる度に、今でも友人達はお線香をくれたり、ときにはお土産をくれたりして、琴子は寂しくないんだなぁと、羨ましく感じることさえあります。

うちに来る度に「琴ちゃ〜ん」と、琴子の位牌に手を合わせてくれる友人。

お盆や命日に、親以外にいまでも手を合わせてくれる人がいること、とっても感謝しています。

ありがとう。


まだまだ素敵な言葉、励ましてくれた言葉、癒してくれた話などは他にもあります。

また機会をみて、紹介していきたいです。





子供を失った親への言葉

『まだ泣いているの?』

これは2003年9月の中旬、同町内に住む女性の知人が我が家に来て、泣いていた私にくれた言葉。

ちなみに琴子を亡くしたのは2003年8月31日。


『どういう顔をして行ったらいいのかわからないよねー』

これは2003年11月の頃、仕事関係の友人たちが集まった時(私達は当然欠席)、ある友人が笑いながら言っていたと、別の居合わせた友人から聞いた。

「そう言って心配していたよ」

と言われたけど、そうは感じられなかった。


『思い出がないだけマシ』

これは比較的多くの人から言われた。

それと、こういう発言の前には大概、ある程度育ってから亡くなった子どもの話がある。

これはどちらにも失礼な発言だとおもう。


『うちも去年、犬が死んだ』

琴子と犬は同じなのかなぁと、なんともやりきれない気持ちになった。

犬だからって殺されていいわけないし、飼っていた犬が死んでしまったことは悲しいことだとわかる。

でも、私も過去に犬を飼っていて亡くしたことはあるけど、全く同じ悲しみだとはおもわない。

命に甲乙をつけるのは間違っているのかもしれないけど、友人がもし子供を亡くしたとして、琴子の経験が無くても私は犬の話をすることはなかっただろう。


『よかったー、泣いてなくて』

2003年11月、友人から電話がきたとき、私が電話に出たら開口一番に言われたのがこの言葉。


『A君たち(20年近く会っていない人たち)が会いたいって言ってるんだけど、遊びに連れて行っても構わない?』A君たちを連れてこようとしたのは、私の高校時代の友人で、手紙で琴子のことを報せてあった。

他県に住んでいるので、この友人とも滅多に会えないし、このときは琴子の死後、初めて連絡をくれたときで、A君たちと前の晩からドライブで楽しんでいた中、電話をよこした。

勿論、断った。


『その話はしなくていいから』

2004年の2月。

琴子を産むまではちょくちょく会っていた友人夫婦の奥さんから「久しぶりに夕食でも一緒に」と電話がきた。

まだ琴子のことで泣くことも多くあったし、琴子の死後、全く会っていなかったから、『娘の話をするのが辛い』と言ったら、上記のことを言われた。

人によってはこの友人は私に気遣いをしてくれたとおもうだろうけど、私は不愉快だった。


『じゃぁ仕方が無いね』助産院で出産して琴子が亡くなったとの説明をした際に言われた言葉。


『私も去年、子宮筋腫の手術をしてね、そろそろ子供が欲しいんだ』

2003年9月に遠方に住む知人から献花が届き、そのお礼に旦那が電話をした際の会話から。

旦那は「頑張ってね」とだけ言っていたが、意味がわからない。

どうしてこういう場面で私達に言うのか、私達夫婦になんと言って欲しいのか。


『俺は自分の家族以外が殺されてもなんともおもわない』

オーストラリア出身の同じ年の友人(今は絶縁だから元友人)。

日本人女性と結婚し、子供も一人いる。

酒の席の上とはいえ、許せなかった。

琴子のことが無くても、人を不快にさせる発言。



これを読んで、私に理解を求める人もいるかもしれない。

だとしたら、だからこの世は変わらないんだとおもう。





裁判の報告をしないまま…

裁判を決意してから起訴まで、夫の強い要望もあって、私の実家の家族以外の人には一切報告をしなかった。

私の実家だけが何故に許されたかといえば、前にも書いたが、私の父親だけが

「産婆を訴えろ!」

と言ってくれていたので、2年も経ってからだけど、そうしましたよと、報告をした。

起訴して新聞にも載って、その記事の内容を読めば、私達を直接知っている人なら大体が察することが出来るだろう、その原告が私達のことだって。

どのくらいの人が気が付いているのだろうか。


先日、Hさんという知人から電話がきた。

私がリンズ(琴子の妹)を今年の1月に出産し、産後間もない頃に家に来てくれたことがあるのだが、Hさんは商店を経営していて、私がそのときに

「この商品も扱えないか?」

と聞いていたのだが、その答えが今になって電話でやってきた。

それも、1月のその場で扱えることが分かっていたし、

「あとで連絡するねー」

と言われていた上に、つい先日に商店にお邪魔して話していたのだから、先日の電話のタイミングは私からしたら不自然だった。

だけどHさんは私から告白することを待っていたんだろうな、最後まで裁判のことを聞いてこなかった。

彼女の意地なんだろうか。

私は自分から話すつもりは彼女に限らず、一切ないので、結局裁判のことは話さずに電話を切った。

率直に聞いてくれた方が良いし、こういう人はきっと、裁判というものをあまり良いものとしてとらえていないのだろう。


夫の両親にも報告していない。

何故ならば、以前に夫の父親・義父の爆弾発言とも言える内容を直接聞いていたからなのだ。

前に同席した際に、テレビで医療事故による裁判の話を扱っていた番組を見ていたら、

「頼むだけ頼んでおいて、後で訴えるなんて勝手だ」

と言ったのだ。

唖然。

琴子のことはすっかり忘れていることの証明にもなったが、それじゃぁ医者や医療従事者はなにをしても構わないのかと聞きたかった。

それに、病院で家族を亡くした人たち全員が全員、訴えているわけではない、何か問題があるから訴えているわけで、この発言は今でも思い出すと腹立たしい。

こういう方に報告をすれば躓きの石になる。

だから夫と相談して、義父には自ら報告することはせず、何かで知ったらそれから考えようということになった。

人によっては私(嫁)の意地と笑う人もいるかもしれないが、そうおもう方には是非、私と全く同じことを経験して欲しい。

どれほどのことか、是非是非、全く同じ日々を送って欲しい。