用手剥離のリスクや説明

これは本来、開業している助産師の方がするべき説明ではないかとおもいます。先日の当ブログ「助産院、自宅出産の問題を医師の責任にしていてはいけない」にくださった不思議ちゃんさんのコメントの内容からです。不思議ちゃんさん、有難うございます。

まず、ここで問題になっている胎盤用手剥離について説明させていただきます。通常、児娩出後、30分以内に胎盤が娩出されれば正常分娩経過と判断して問題ないとされています。逆に、児娩出後、30分以上経過しても胎盤が娩出されないのであれば、正常分娩経過から逸脱したことになります。すなわち、法的規定に従い正常分娩経過から逸脱した時点で、例え全身状態が安定していようとも助産師が扱う範疇ではなくなる訳です。胎盤が30分以上を超えて娩出されない場合、その原因について鑑別を行い、用手剥離により胎盤を娩出させる必要があります。大抵は用手剥離により胎盤は娩出されますが、用手剥離を行う前に最悪の原因・事態を考えなければなりません。最悪の原因の一つとして癒着胎盤というものがあります。福島県立大野病院で癒着胎盤で妊婦さんが亡くなり、その後、検察により刑事事件となり、さらにマスコミによる報道も加わり周産期医療の崩壊に拍車をかけたことは記憶に新しいかと思います。癒着胎盤とは、簡単にいえば胎盤が母体の構造物である子宮の筋層に癌細胞のように食い込んでしまった状態です。子宮は筋肉でできており、その中には無数の血管(動脈・静脈)が走行しています。そのような血管にまで胎盤が食い込んでいると考えてください。この胎盤を無理に引き剥がそうとするとどのような結果になるのか、想像するのはさほど難しくないでしょう。あっという間に大出血を起こします。従って、胎盤が剥がれず大出血を起こした場合の次の一手を十分に考えた上で、用手剥離を行わなければなりません。産婦人科で行う場合には、必ず、大口径の点滴針で輸液ルートを確保してから行っています(通常、分娩時より輸液ルートは確保されています)。一次医療機関である開業産婦人科で用手剥離は普通に行われている手技ですが、もし、胎盤の一部が剥がれない場合、その時点で用手剥離を中止し、大量のガーゼを子宮内に詰め込み圧迫止血を行いながら高次医療機関に搬送するのが望ましいでしょう。
では、高次医療機関ではどのような処置を行うのか?
まず、そのような患者が搬送されてきたら、まず、大口径の点滴針による輸液ルートを複数確保します。さらに十分な輸血の手配と手術室の手配、さらにカテーテルによる子宮動脈塞栓術を視野に入れ、麻酔科医師、ope室スタッフ、放射線科医師、輸血部に連絡を行います。そして、十分に準備が整った段階で胎盤の剥離・娩出を行います。胎盤剥離後、出血が止まらない場合には、カテーテルによる子宮動脈塞栓術を試みますが、余裕がない場合にはすぐに子宮摘出を行います。
ですから、TOYOTAさんの奧さんが搬送された市民病院の医師が言った「子宮を摘出する」という言葉は当然すぎる説明です。私自身、通常の予定帝王切開を行う患者さんに対して、出血がとまらない場合は子宮を摘出すると説明していますし、術後に肺塞栓症を起こして亡くなる場合があると説明しています。

今回もきっかけがTOYOTAさんのお話です。>【用手剥離】をご覧ください
尚、用手剥離は医療行為だということで、TOYOTAさんの助産師も

胎盤用手剥離はね、ルートをとる必要もあるし、上手く剥がれば良いけど、下手するとそれこそ大出血になることだってあるのよ。そうなると搬送しても間に合わなくなる非常に危険なことなのよ。助産師会で助産院ではやらないということになっているのよ」

と説明されたそうです*1助産院、自宅出産、助産師には出来ないということだそうです。
不思議ちゃんさんがTOYOTAさん宛てに書かれている質問ではありますが、これは助産院や自宅出産を選択される方全員に向けられた質問とおもいますし、私も皆さんに伺いたいです。

>TOYOTAさん
助産院では妊娠・出産のriskについてどのような説明を受けていたのでしょうか?TOYOTAさんも奧さんも妊娠・分娩に関するriskに関して非常に軽く受け止めていたのではないでしょうか?だから、市民病院で説明を受けたときに動揺されたのではないですか?通常、産婦人科からの搬送の場合、搬送先の病院で受ける可能性のある治療について、ある程度、搬送元の産婦人科医師から患者さんに説明があるものです。TOYOTAさんの奧さんをみていた助産師さんは、搬送先で受ける可能性のある治療(例えば、子宮を摘出する可能性)について説明はされていましたか?

さらに、分娩のリスクに関してですが、
TOYOTAさんの奧さんの開業助産師は「胎盤用手剥離はね、ルートをとる必要もあるし、上手く剥がれば良いけど、下手するとそれこそ大出血になることだってあるのよ。そうなると搬送しても間に合わなくなる非常に危険なことなのよ。助産師会で助産院ではやらないということになっているのよ」と言われたということですが、まさにその通りです。
しかし、一方で、あなた方夫婦に弛緩出血に関して分娩前に説明していましたか?弛緩出血はいくら正常分娩経過であろうとも起こりえます。「下手するとそれこそ大出血になることだってあるのよ。そうなると搬送しても間に合わなくなる非常に危険なことよ(引用)。それに備えて、通常、病院でのお産では分娩時より点滴ルートを確保しているけど、助産院ではしていません」という説明を受けましたか?「この助産院では医者がいないので何かあったときには等々リスク説明はきちんと受けています。」ということでしたので、あなた方夫婦が納得されたリスクの説明内容を是非教えて下さい。そして、あなた方夫婦が、どの程度の覚悟で助産院での出産を決意されたのかを教えて下さい。

TOYOTAさんは当初は助産院を選ぶ際にしっかりとした説明を受け、ご親族にも覚悟を伝えたと仰っていましたので、ご自身は必要な覚悟はしていたけど、搬送となった先の病院では医師に脅されたようだったというご感想だったと私は感じています。なるほど、私たちは病院でのことは病院の医師や助産師が説明するべきだとおもってしまうのかもしれませんが、それも間違ったことだとおもいました。勿論、そこで受ける具体的な処置や承諾書のようなものは医師の責任でされるわけですが、搬送をお願いした助産師がただの傍観者でいいわけがなく、そもそも不思議ちゃんさんがしてくださったような説明を助産師がしておくべきだったのではと感じたし、非常事態が生じたことにより、更に必要となる説明を助産師が待つ親族にしておくべきだとおもいます。多分、助産師の出来る説明は医師にはかなわないとおもいますが、しかし、周産期医療の一部として存在しているというのであるならば、その役割は当然あるとおもいます。
また、カルテの扱いについても再考したいとおもえることもありました。TOYOTAさんには大変厳しいことを続けてしまうようで申し訳ないのですが、しかし、TOYOTAさんがご経験されたことは助産院、自宅出産だからこその問題を多く含んでいることですので、是非、今後の母子の安全のためにもこれからも一緒に考えさせて頂きたいと思います。出来れば不思議ちゃんさんも求められていますように、私も助産師からの説明をより具体的に教えていただきたいとおもっております、TOYOTAさん、宜しくお願いします。また、他の助産院、自宅出産を選択された方からのも引き続きお願いいたします。

用手剥離、癒着胎盤について知りたいとおもってネットで検索してみたところ、

がありました。私もこれから読みます。

*1:コメントはこちら