私たちが「助産師のために存在する」という事実。
私たち産む側は、助産師の自己表現のための道具に過ぎないのだろうか。
では、そこで亡くなってしまった子どもや母親は、助産師の自己表現のためには仕方ない死であったということか。
こういうセミナーに何か意味があるのだろうか。
貴重な時間を割いてまで、安全性を議論するよりも優先されるべき内容なのだろうか。
助産師になろう、なったという方たちは、母子が無事に、安全に生まれるために尽力するばかりというのでは、そんなにもつまらないことなのだろうか。助産院や自宅出産で事故が起こっている、母子が亡くなっているということを自ら公にして、事故が繰り返されないように見直していくためのセミナーとかはやらないんですかね?
株式会社助産師会出版主催 助産師のキャリアアップをマネジメントする「助産師としての自己実現セミナー」(魚拓)
助産師のキャリアアップをマネジメントする「助産師としての自己実現セミナー」
助産師としてもっと自分を高めたい、でも、やりたい分野が見つからない・・・
もっと自立した働き方がしたい、でも、どこをめざしたらいいんだろう・・・
そんな悩み多き助産師たちに、ぜひ参加していただきたいセミナー誕生!
このセミナーの対象は
■このセミナーではこんな助産師の参加をお待ちしています
−助産師としての夢があるが、具体的な進路に悩んでいる人
−職場や働き方について、次のステップを考えている人
−職場の人間関係に疲れている人
−助産師の自立した働き方に憧れている人
−自分の可能性を確認してみたい人 など
であり、
■このセミナーではこんなことが経験できます
−悩みやもやもやした思いが解決できます
−自分の進路や夢をかなえるための第一歩が踏み出せます
−ポジティブな思考で自分を見つめなおせます
−セミナー後も相談できる窓口が見つかります
−自分をもっと好きになり、助産師をもっと好きになります
を目指すようです。
女性に寄り添うなどと言うけど、実際は、私たちが使われている。
普段から目にする何気ない宣伝文句ひとつからしても、それを感じるばかり。
私たちは助産師が自己表現するための道具に過ぎない。
それを痛感させられる告知内容でした。