届かない被害者の想い

あえて、私たちを遺族ではなく、被害者とおもった話です。

先日の当ブログ助産師の方に質問『この助産師の行動、判断は正しいですか?』助産師の方のところに、自宅出産でお子さんを亡くされたhaccaさん何度か危機感を持つべきでは?というような書き込みをされていました。そして、haccaさんが書かれた意見が削除されてしまったそうで、私はその内容を伺い、子どもを助産院や自宅出産という、“素晴らしい出産”だと洗脳されて選択した親の苦悩を知ってもらうのにとっても貴重なご意見だとおもい、haccaさんにお願いして、こちらで紹介させて頂くことになりました。haccaさん、ありがとうございます。
あちらでは、FC2で私を脅迫してきた方たちに連絡とれたという、ちょっと変わった話をする方まで書き込まれていて、私のブログについてというか、私について話されている場面もあります。それは構いませんが、一向に、『その行為に問題はなかったのか』という視点にはなってくれない様子でした。こういう頑ななまでの「何が悪いの?」姿勢をこれから分娩する場所を選ぶという方には知ってもらいたいです。

一旦投稿された記事が消去され、更に書き込み制限を受けてしまいました。
折角書いたのに残念なのでここにコピーさせて下さい。
以下のような内容は誰の目にも触れさせたくないんですって。

ご無事で何よりでした。脳梗塞脳出血の後遺症を抱える方々と接する機会をもったことがありますのでそちらさまのように後遺症を残さず回復された幸運に驚きます。
それにしましても、何故先日の「お母さんからのメール」記事に書かせて頂いた私のコメントを消去されてしまわれたのでしょうか・・・。
子供をお産で亡くした親として、その心中には怒りや悲しみだけではなく亡くなったあかちゃんの立場に立とうとする方向性があるからそのまま終わりには出来ないのだという内容を書かせて頂いたつもりですが。
自分のしたことは本当にベストといえるのか、そして助産院や自宅の「家庭的なお産を目指す介助」はあかちゃんにとってベストといえたのか。
助産院や自宅出産についてまわる危険性や一定の割合で必ず起こる産科的異常についてスルーしてしまうことが大きな問題点なのだと・・・それを知識の少ない妊産婦に教えることが助産師には必要なのだと、率直な意見を述べさせていただきました。
助産院や自宅ならではの「間に合わなかった」「気がつかなかった」という声をほとんど目にすることがないのはどうしてでしょうね。絶対数が少ないことはありますが、家庭的故に口に出せない、自分の責任だと受け入れなければならない空気・・・そういうものがあります。

haccaさんも、私や他の天使ママの方たち同様に、ずっと消せない想いがあります。あの子は何故、死んでしまったのか、死ななくてはならなくしたのは何なのかという想いです。多分それは、どのような内容の死であっても、子が先立つという不幸を持つ親なら同じだろうと思います。そして、どんなに親に責任のないことでも、親は自分を責めます。そこに私たちは、確実に「自分の選択、判断が悪かった」という自己責任を加えて生きています、きちんと自覚しています。でも、助産師にも大きな責任があったのです、それに気付かせてくれたのは様々な出来事や、人から掛けられる言葉への違和感だったりします。そして、親は子どもの死をバカにしたように軽率に扱われるのは、その子どもが何度も殺されるようなものですから、悔しいなんてものじゃないけど、こういう方たちはそれをわかってもいるのでしょう、「子どもの死を引き摺った可哀相な人」としてあえてレッテル貼って、問題から目を逸らさせようとして、私からしたらバカにして見せていると感じます。私は慣れましたけどね。でも、許すつもりにもならない。慣れただけで、問題は改善していただかないとならない。あの日、助産師会は改善しますとはっきりと言ったし、産む側も勉強をと言ったのですから。

私は自己責任で片付けようとしている方たちにも、加害者という意識を持って欲しいです。そうやって問題を公にしないようにして、どんどんと被害者を生んでしまう可能性を作っているんです。

助産院や自宅出産で子どもが実際に死んでいるという問題を、助産師の資格を持っている、それで商売している人たちやその支援者がきちんと向き合えないことを、向き合えないというこの問題を、これから助産院や自宅出産をしようとおもっている方には知って欲しいです。
私はhaccaさんの想いを無駄にしないで欲しかったです。