インドで施設分娩を増やす取り組み 周産期、新生児死亡が低下…日本では?

病院施設での分娩が主流となったことで、「出産が管理されてしまっているのはおかしい」とする方たちが言う日本の『昔のお産』が目指してしまうものがどういうものなのか、それを教えてくれるような内容があります。出典論文掲載紙>The Lancetから
India's Janani Suraksha Yojana, a conditional cash transfer programme to increase births in health facilities: an impact evaluation(2010; 375: 2009-2023)をドクターサイコさんが教えてくださりました。有難うございます。
日本語要約の出典、ニュースソースはメディカルトリビューンです。

「インドで施設分娩を増やす取り組み 周産期、新生児死亡が低下」
Lancet(2010; 375: 2009-2023)
インドでは妊産婦と新生児の死亡率が他国に比べて極端に高く、2005年のデータでは,全世界の妊産婦死亡(年間)38万7,200件のうち7万8,000件(20%),新生児死亡340万件のうち100万件(31%)がインドで発生した。これを改善するために、施設での妊婦ケアや出産に際して「条件付き現金給付プログラム(Janani Suraksha Yojana;JSY)」が導入された。これにより新生児死亡や周産期死亡が低下したが、妊婦死亡率は統計誤差の範囲内となっている。地理的な問題や教育、文化的な問題などからこの制度は徹底されていないが、今後プログラムを強化していく必要がある。(和訳;ドクターサイコさん)

メディカルトリビューン
インドで周産期・新生児死亡率が低下
施設分娩の奨励策が成功

〔ロンドン〕ワシントン大学(米ワシントン州シアトル)保健指標評価研究所(IHME)国際保健のStephen S. Lim助教授とEmmanuela Gakidou博士,インド公衆衛生財団(PHFI)のLalit Dandona博士らは,インドでは施設分娩を促進する条件付き現金給付プログラムの導入後,周産期死亡率と新生児死亡率が低下したとLancet(2010; 375: 2009-2023)に発表した。
世界の新生児死亡の3割占める
 インドでは妊産婦と新生児の死亡率が他国に比べて突出して高い。2005年のデータでは,全世界の妊産婦死亡(年間)38万7,200件のうち7万8,000件(20%),新生児死亡340万件のうち100万件(31%)がインドで発生していた。このことから,新たな介入策の必要性が叫ばれていた。そこで同年,医療施設での妊産婦ケアや分娩を推進するため「条件付き現金給付プログラム(Janani Suraksha Yojana;JSY)」が導入された。
 JSYのガイドラインによると,政府の医療施設または認定を受けた民間の医療施設で分娩した場合,一定の基準を満たした産婦には,出産後に都市部では600ルピー(13.3米ドル),農村部では700ルピー(15.6米ドル)が支給される。
 施設分娩率が低い重点地域10州では,社会経済的状況や出産回数にかかわらず,すべての妊産婦が現金給付の対象となる。これらの重点地域では支給額も高く設定されており,都市部では1,000ルピー(22.2米ドル),農村部では1,400ルピー(31.1米ドル)となっている。
 重点地域以外では,政府が定めた一定の貧困ライン以下,あるいは特定のカースト身分制度の階級)や少数民族の出身者で,第2子の出産(死産は含まない)までが給付対象となる。
 Lim助教授らは,インド全域で行政区域ごとに2002〜04年,2007〜09年に実施された世帯調査を基に,JSYの受給状況と妊産婦ケアや施設分娩数,周産期死亡,新生児死亡,妊産婦死亡の推移やJSYによる影響を3つの分析的なアプローチ(マッチング,with-versus-without comparison,differences in differences)により検証した。
施設分娩が大幅に増加
 その結果,JSYにより医療施設における妊産婦ケアや施設分娩が大幅に増加したことが示された。10人の妊産婦がJSYを受給すると,妊産婦ケアを受ける妊産婦が1人増え,施設分娩を行う妊産婦が4〜5人増加すると見込まれた。
 また,JSYにより周産期死亡と新生児死亡が大幅に減少したことが示された。2002〜04年におけるインド全域の周産期死亡は妊娠1,000件当たり42例,新生児死亡は出生1,000件当たり34例であったのに対し,JSY導入後の2007〜09年にはそれぞれ37例,30例に減少していた。今回用いられた3つの分析的アプローチのうち2つのアプローチ(マッチングとwith-versus-without comparison)による検討の結果,JSYを受給している妊産婦では,受給していない妊産婦に比べて,周産期死亡は妊娠1,000件当たり約4例,新生児死亡は出生1,000件当たり約2例少ないことが分かった。
 今回の調査では,JSYによる妊産婦死亡への影響は示されなかったが,Lim助教授らはその原因として統計学的検出力が不足していた可能性を指摘している。
 なお,今回の研究結果では,教育を受けた妊産婦では,全く教育を受けていない妊産婦に比べてJSYの受給率が高かった。また,重点地域では富裕層の上位20%で受給率が最も低かったが,受給率が最も高かったのは貧困層の下位20%ではなく,6〜7分位に属する妊産婦であった。
 同助教授らは「最貧困層や教育を受けていない妊産婦のJSY受給率が低いことから,このような妊産婦にもJSYが浸透するよう支給対象の照準を再調整する必要がある。同時に妊産婦の意識改革を図り,制度の活用を後押しするようなアプローチが不可欠で,実態調査を行った上で識字能力に左右されないコミュニケーション戦略などを講じていく必要がある」と述べている。
施設アクセスや文化的な障壁も
 Lim助教授らは「JSYは政府の認定施設のみが対象となるため,社会経済的弱者の妊産婦にとっては施設までのアクセスが大きな物理的障壁となっている可能性がある。遠隔地の認定施設に対する格別の支援策を実施したマドヤ・パラデシュ州で,JSYの受給率が最も高かったことは特筆すべきであろう。また,社会経済的地位が低いグループの妊産婦の間では,施設分娩に対する文化的な壁も広く存在していることから,こうした障壁を取り除く必要もある」と提言している。
 また今回の研究では,インドでは少数派となるイスラム教徒やキリスト教徒の妊産婦で受給率が低いことが明らかになった。このことから,こうした宗教的少数派の居住地域では妊産婦ケアを受ける機会が乏しく,認定施設に通いにくいといったアクセス上の問題もある可能性が示唆された。
 さらに,同助教授らは「JSYが導入される以前から,インドでは貧困層の妊産婦が自宅出産した場合には500インドルピー(11米ドル)を支給する妊産婦手当の仕組みが導入されている。この給付制度はJSYが導入された後も継続しており,この仕組みを撤廃しようとする動きは司法判断により見送られている。この給付制度が施設分娩を促進する妨げとなっている可能性もある」と指摘している。
 結論として,同助教授らは「今回,JSYの拡充により妊産婦ケアや分娩期ケアが向上し,周産期や新生児の死亡が減少した可能性を示唆する予備的なエビデンスが得られた」と述べている。
 全インド医科学研究所(ニューデリー)のVinod K. Paul教授は,付随論評(2010; 375: 1943-1944)で「JSYが革新的なイニシアチブであることは間違いないが,これがもたらす影響や結果についてはまだ明らかにされていない。今後はプログラムを強化し,効率化を図った上で導入を促進していくことが求められる。また,Lim助教授らが強調しているように,誰もがその恩恵を享受できるよう公平性を高めていくこと,さらに継続的な経過観察と評価を行っていくことが今後の課題であろう」と述べている。

2002〜04年におけるインド全域の周産期死亡は妊娠1,000件当たり42例,新生児死亡は出生1,000件当たり34例であったのに対し,JSY導入後の2007〜09年にはそれぞれ37例,30例に減少していた。
統計学とか、数字って理解に悩むことも多いので、「これって多いの? 少ないの?」と疑問におもったので、ドクターサイコさんに質問しました。下記はドクターサイコさんからの、私の質問に対する

>「1000件当たり約4例、2例」等の数字は「そんなに差が無い」と感じてしまいがち

おっしゃる通りです。
その直感は正しいです。
確かに僅差です。しかし、一応信頼できます。
うまく説明できるかはわかりませんが、解説してみます。
まず、国際基準で、周産期死亡率はその1年にあった1000件の出産あたりの数で出し、妊産婦死亡率は10万件の出産数から出します。
さて、インドの09年の出産総数は推定交じりですが約2760万と発表されています。
違法な代理出産などの問題もあり、正確には把握できないそうです。
(ちなみに、違法な代理出産の依頼先は「日本」も多いそうですが・・・)

そうすると、周産期死亡数の減少幅は、
4/1000→110400/2760万
新生児死亡数の減少幅は
2/1000→55200/2760万
つまり、インド全体で少なくとも16万人/年の新生児が助かったことになります。
単純に合算はできませんが、そう考えると、若干印象が変わりませんか?
ちなみに釈迦に説法ですが06年の日本の周産期死亡率は4.7/1000出産で、5100人の赤ちゃんが亡くなっています。
数字から受ける印象は、その表現の仕方によって、いくらでも操作することができます。

妊産婦死亡率はこの調査では逆に上昇してしまっていて、
100/10万→27600/2760万
以前と比較して、2万7千6百人多く妊産婦さんがなくなってしまった、となってしまいます。
まあ、統計処理の過程をみると、これは有意なものかどうかはわからないです。

残念ながらインドは戸籍がかなりいい加減に扱われている国なので、正直なところ、この結果自体も僅差であることだし、信頼性もいま一つと考えてしまうのですが、今回は背景分析、及び統計処理がしっかり行われているので、一応信頼に足ると私は考えます。

つまり、インド全体で少なくとも16万人/年の新生児が助かったことになります。
単純に合算はできませんが、そう考えると、若干印象が変わりませんか?

はい、印象は大きく変わります。大勢の赤ちゃんが助かったのだと感じられるようになります。

「昔のお産」というのは、まだ現代のインドに残っています。また、分娩による母子の死亡は発展途上国の大きな悩みともいえる問題でもあり、こうやって国が対策を練って対応をしようとしているのに、日本はどうしてしまったものか…分娩を軽視する状態を生み、「医療の介入は不自然」だと言ってしまう人が医師の中にもいる…子供を救って欲しいと願う親の気持ちも不自然だ、というのでしょうか。

インドの問題、対策と対照的な内容もやはり既にありまして、これも出典論文掲載紙>The Lancet、日本語要約の出典、ニュースソースはメディカルトリビューンです。

妊産婦死亡率
途上国では改善も一部先進国で上昇
〔ロンドン〕ワシントン大学(米ワシントン州シアトル)のヘルスメトリクス評価研究所(IHME)のChristopher J. L. Murray博士らは,181か国における1980〜2008年の妊産婦死亡の推定件数を求めた結果,同死亡率は,中国,エジプト,エクアドルボリビアなどでミレニアム開発目標5(Millennium Development Goal 5;MDG5)の目標値に沿って大きく低下しているが,米国,カナダ,デンマークなどの高所得国で上昇が見られることがわかったとLancet(2010; 375: 1609-1623)に発表した。
世界全体では着実な減少
Murray博士らは,人口動態統計データ,国勢調査,各種調査やverbal autopsy(死後に聞き取り調査を行い病名を特定する方法)に関するデータに基づき,181か国における1980〜2008年の妊産婦死亡の推定件数を求めた。
分析の結果,妊娠に関連する原因で死亡した女性は,1980年では52万6,300件であったが2008年には約34万2,900件と30年間で約35%低下していた。
研究グループは,各国の妊産婦死亡率(MMR,出生10万件当たりの妊産婦死亡数)も求めた。世界全体のMMRは,1980年の442から90年の320へと低下し,2008年には251とさらに低下した。同博士らは,今後さらに低下すると考えている。
今回のIHMEが発表した研究結果はMMRにほとんど変化が見られなかった先の研究結果とは対照的に,1990〜2008年に毎年約1.3%ずつMMRが減少していることを明らかにしている。
また今回の研究により,妊産婦死亡の減少速度はHIVの流行により遅くなっていることが明らかにされた。妊産婦死亡の約5例中1例(2008年では6万1,400件)はHIVとの関連が疑われ,HIV感染例が多発する国々の多くはMMRの低下度が小さいことが明らかにされた。
2008年のデータでは,妊産婦死亡全体の約80%が21か国に集中し,50%はインド,ナイジェリア,パキスタンアフガニスタンエチオピアコンゴの6か国に集中していた。最も死亡数の低下が良好であったのはモルディブ(1990〜2008年に年間MMRが8.8%減少)で,最も悪かったのはジンバブエ(同5.5%上昇)であった。
発展途上国はMDG5(目標:1990〜2015年にMMRを75%低減)に向けて着実な歩みを示している。この目標に向けて順調な推移を見せているのは23か国で,エジプト,中国,エクアドルボリビアではMMRの減少が加速している。
米国など先進国で上昇
今回の研究から驚くべきデータも得られた。米国ではMMRが1990年には12であったが,2008年には17と42%の上昇を示した。Murray博士らは,この傾向は妊産婦死亡の報告方法が変化したことが一因だと推測しているが,米国でのMMRが英国の2倍超,オーストラリアの3倍,イタリアの4倍である原因は説明できない。カナダのMMRも同時期に6から7に増加,デンマークでも7から9に増加した。オーストリアノルウェーシンガポールでも増加を示した。
西欧諸国の多くではMMRが1980〜90年には減少したが,その後2008年までは横ばいであった。西欧諸国のうち2008年のMMRが低かったのはイタリア(4で世界最低)で,ルクセンブルクスウェーデンはともに5であった。英国は8,ドイツとスペインはともに7,フランスは10であった。
南米では,チリの21とウルグアイの25が低く,ボリビアでは減少が加速しているものの180と依然として南米最多である。
アフリカではばらつきが見られ,コンゴジンバブエモザンビークなど急上昇している国もあれば,その一方で赤道ギニア共和国エリトリアエチオピアソマリアスーダンなどきわめて良好な推移を見せる国もある。
オーストラリアは5と世界最少クラスを維持しており,中国では1980年の165から2008年の40へと著明に減少した。アジアではベトナム,フィリピン,ラオスが急激な減少を見せている。
同博士らは「このような研究結果に,われわれは大きく勇気付けられるとともに驚いてもいる。世界各地で妊娠・出産によって死亡する女性は依然として多いが,一般に考えられていたよりは楽観的になれる理由が見出せた。エジプトなどの国がMMRを大幅に低下させることに成功した理由を同定すれば,遅れを取る国々でも同じように死亡数を削減することが可能となるだろう」と指摘している。

途上国では改善も一部先進国で上昇
日本の分娩軽視はどういう道筋を歩んでしまうのか。
琴子を産む前に知りたかった。