「カンガルーケア」と書く前に...

先日の当ブログ【「カンガルーケア」はやるべきか?】にくださったご意見を改めてご紹介させていただきながら、産む側としても勉強したいとおもいます。ご意見くださった皆様、ありがとうございます。

タカ派の麻酔科医さん

 新生児は、通常1分後と5分後のアプガースコア*1というものを記録されているはずです。が、よく管理されている産科での帝王切開でも、助産師さんが5分後の評価をしないことがあります。よく泣いているからなのかもしれません。しかし、生まれた直後の劇的に生理的な状況が変わる時期に、産科の病院で出産しているのに、カンガルーケアの名のもとに、期待していいはずの医療上の監視すらうけられないで、呼吸停止というのが許されるならば、そして呼吸停止に対して適切な指導や教育をしないで放置していたならば、やはり医療上の責任はあると思います。
 他の医療過誤訴訟などが、医師としては理不尽と思えることが多いのに、こと、カンガルーケアについてだけは、非常に緩い感じがしてなりません。新生児の命は、成人や老人の命よりも軽いとでも思っているとしか思えないのは私だけなのでしょうか?

赤く強調させていただいたのは私であって、なぜならば、ここにはかなり激しく同感しているからです。それこそ、胎児の命になると、それはもう母親の考え次第というところもあり、場合によっては「胎児虐待だ!」と思う事態もあります。私がそう思うのは、無介助分娩を特にとしつつ、「産み方は生き方」シリーズで作られた親のエゴを強行する方たちだったり。
せめて新生児になれば「母親から分離した状態」としての人権でしっかりと守られるかとおもいきや、「思い出が少ない」ということもあってか、「死んだ子がうかばれないからいつまでも泣くな」と平気でいう方がたくさんいらっしゃいます。祖父母が亡くなったら? 親が亡くなったら? 恋人が亡くなったら? 友達が亡くなったら? 以前にある天使ママさんが、近所の小学生のお子さんのご葬儀で同級生たちが泣きながら「私たちはあなたを忘れない」と弔文を読んでいるのを聞いて、ショックを受けられていました。「私たち(胎児もしくは新生児の子を亡くした親)には忘れろって言うのに」と。
今回のカンガルーケアの問題も、もしも成人や老人に置き換えて考えたら? 病院側から良しと言われてしていたことを介護していたご家族の責任にされるのは、かなり可能性が低いことでしょうね。ただ、これがカンガルーケアでなかったとしたら? そうなんですよ、過去、たくさんの事例がある中で、「施設内での死亡」となれば、医療者側が不利になる結果が大半でした。陣痛促進剤に関しては、一時期訴訟が相次いで問題がある場合が周知となり、扱いなどは劇的に変わったと言えるのではないでしょうか。しかしタカ派の麻酔科医さんがご指摘されている通り、カンガルーケアは何故かその危険性を示唆することがあっても「良いもの」と信じる気持ちを維持させて、“非常に緩い感じが”するという、その言葉通りに思いました。
約1年前になりますが、当ブログ【「早期母子接触」は必要があるのか?】で藤枝明里さんのコメント

カンガルーケアについて、最終的に帝王切開になったのでやっていませんが、バースプランに希望するか記入する欄がありました。
バースプランは2010年の5月に提出していますが、当時はすでに新聞で危険性が指摘されていたので、そのことに触れて希望しないことを助産師外来で伝えると、「うちはきちんと管理していますので大丈夫です」とのことで、出来ればやったほうがいいという風でした。
ただ、入院中に、夜間にお産が立て込むと哺乳瓶の洗浄に手が回らない、ナースコールをしても人が出てこない人数でまわっている病院でしたので、管理状況が実際のところはどうだったかわかりません。

でもあるように、病院によってはバースプランとして「カンガルーケアをするかしないか」と聞いていたところもあり(当時)、バースプランとしてすぐに思い浮かぶものの代表的項目と言えるのではないでしょうか。(他にはへその緒を父親が切るとかでしょうね)
私自身、リンズ(琴子の妹)のバースプランに書いていて、実際に経験しました(これは過去、何度もブログで書いています、その時の経緯や感想なども書いていますので、本日は省略)。


比較的若目の産婦人科医さん

私は大学病院勤務の産婦人科専門医ですが、カンガルーケアがこんなにも日本の医療に浸透したのと、カンガルーケアをするためのガイドラインまで作成しないといけない事態になっている事に一種の気持ち悪さすら感じてしまいます。
 とうのも、カンガルーケアが考案された当初の、本来の内容からあまりにもかけ離れた意味でのケアが現在ものすごく(一般の妊婦さんにも)浸透している訳で、その裏には、このサイトでもたびたび話題に上がっている、自然派分娩推進者や医療介入反対派閥のキナ臭い影がちらほら見えるような気がしてなりません。
 そもそも、カンガルーケアは【発展途上国で保育器が無い環境で仕方なく行う治療】と【NICUで管理せざるを得ない未熟児とのスキンシップを増やし将来の児童虐待を防ぐ為のケア】、【主に先進国で行われる正常分娩正期産児と母親の早期接触をする為のサービス的なもの】にしっかり分類して、それぞれに関して利点と欠点を議論すべきなのに、毎度行われる議論は(医者も含め)この部分がぐちゃぐちゃにされ議論が進んでいます。
 私個人の意見では、正期産のカンガルーケアの有用性や利点があまり無いように思うのですが、反対派さんの意見は「体温保持に有用」とか「早期スキンシップが母児関係構築に有用」とか、いつもの内容なのですが・・
なんとなくわざと論点をぼかして、自然なケアや前のエントリでも大分議論されていましたが、なんとなく温かいサービス?を推し進めている方々が便乗しているように感じてしまいます。
 大体ここは日本という先進国で、一般産科施設には、体温保持の為の機器は山ほどあります。その中で無理に正期産のカンガルーケアを推進するべきなのか正直本当に疑問なのですが、先進国になればなるほど、医療が進めば進むほど、自然派の意見ってなぜか増えていくんですよね・・
 しかしその様な方々のロビー活動の成果か、カンガルーケアというサービスが、例えば助産院と産科取扱い病院の違いも知らない方々にすら浸透しているのが現実です。そうすると正期産向けのカンガルーケアのガイドラインを作成しないといけないのも無理ないのかもしれません・・
 私自身、当直先の病院がカンガルーケアをサービスの1つとして妊婦さんへプレゼンテーションしている事も多いですが、分娩前に心拍異常があった場合や、羊水混濁が比較的ひどかった場合、児の鳴き方が悪かった場合等は、カンガルーケアは行わず、一定の処置と経過を見てからお母さんに赤ちゃんを触ってもらうようにしています。

こちらでの強調も、私の方でさせていただきました。そして、そうそう! と特に大きく頷いた瞬間に、強調入れていました。
比較的若目の産婦人科医さんが疑問に思われる通りに、カンガルーケアはそもそもが“医療行為”だったわけで、既知のこととはいえ改めれば『Preemie club〜未熟児・低出生体重児のお部屋〜』の【カンガルーケアのはじまり】にあるとおり、

1979年コロンビアのボゴタで2人の小児科医師によって極低出生体重児を対象にはじめられた。保育器が不足した為、お母さんなどに自分の体温で赤ちゃんを温めてもらおうという処置をとってもらった。これによって

低出生体重児であっても、自律哺育が容易になった。
感染源から隔離することができたことができたため、低体温、栄養不足、交差感染による死亡が激減した。
とくに極低出生体重児の生存率が著しく改善した。
養育遺棄が少なくなった。
などの思わぬ効果があった。

という効果と期待から日本でもNICUで取り入れられ、そこから多分、上記の効果の中にある

養育遺棄が少なくなった。

に「より一層理想的な親子関係が得られる」という期待を含めてしまったんでしょうね。養育遺棄については「子育てのまち」にある【カンガルーケアってどんなこと? 生まれた背景とその効果】でもう少し詳しくあります。

2.NICUでのカンガルーケア
  NICUでは子どもの状態を考慮した上で、両親にカンガルーケアを提案します。希望があれば、保育器、呼吸心拍モニター、人工呼吸器の脇にリラックスできる椅子を置き、そこで1、2時間の「親子のふれあいのひととき」を過ごしていただきます。
  カンガルーケアはわが子との約束された時間となり、NICUに確保されたプライベートな空間となります。ここでは安心して肌をふれあうことができ、僅かながら、子どもからの反応を感じ取ることができます。不完全に中断された妊娠経過を取り戻すように、母は我が子が再び自分のところへ戻ってきたと感じ、やっと母になれたと確信します。

こういった医療行為として行われるカンガルーケアと、バースプランの希望として書く“カンガルーケア”が違うもののようになってしまっていて、危機管理が必要という意識を医療者からも抜き取ってしまったような状態に感じます。多分、バースプランに書く側は「以前はNICUでやっていたことらしいよ」くらいのレベルにまでなっているとおもうし、
ムーニー 妊娠 出産 育児 初めてレッスン 初めてのバースプラン 1 - ユニ・チャーム
ムーニー 妊娠 出産 育児 初めてレッスン 初めてのバースプラン 2 - ユニ・チャーム
などといったように、妊娠や出産について有効として情報を提供する側にも、知識としていかがなものかとおもわれる状態で、上記以外の媒体でも、カンガルーケアの危険性について注意しているところは少ないとおもわれます。カンガルーケアを情報として記すのであるならば、せめて「カンガルーケアや完全母乳等による低酸素脳症被害者の会」へのリンクを張ることはして欲しいです。何も知らない、出産の危険性なども理解できない私レベルの方であっても、読み込むことはしないにしても、病院や助産院などでバースプランを前にして話す際に、「サイトを見たんですけど...」と質問するきっかけにはなるかもしれませんから。そうしたら、病院や助産院でどのような説明をするようになるのかも知りたい。(っていうか、リスクの説明が義務付けられたはずなので、既にされているとおもうのですが...)
小さな赤ちゃん応援センター(未熟児育児情報など)」の中にある「カンガルーケアの重要性 未熟児の育児・発達に是非取り入れて欲しいケアです 」では、医療行為として受けたカンガルーケアの感想とともに

未熟児で生まれた赤ちゃんはNICUの保育器の中で温度が一定に保たれ、看護師さんやお医者さんの許可がでて初めて、待ち焦がれたカンガルーケアができるわけですが、保育器の外にでるということは、最大の難関は『冷え』です。

 低温状態にさらされるのは赤ちゃんにとっての最大の敵。いくらお父さん、お母さんの体と密着するといっても、ほとんど裸の状態。十分に管理された状態で臨む必要があり、安易なカンガルーケアの実施は危険です。

として、危険性も伝えられています。

と、ここまではあえてカンガルーケアと書きましたが、本当はカンガルーケアはNICUで行われている医療行為で、バースプランなどで希望したり実践したりするのは「早期母子接触」というのを正確な呼称とされました。何故? と思われた方は〔「カンガルーケア」ではなく「早期母子接触」 - 小学館おやこページ【だっこ】〕でご確認を。
屁理屈を言えば、「カンガルーケア」と書くのは「早産になった場合で、NICUに入った後にこの医療行為をお願いしたいとおもいます」なわけで...でも、やっぱりカンガルーケアとしたままの施設が多く、「早期母子接触」というのは一般的には浸透しそうもないですね。まぁ、「早期母子接触」としたから安全になったってわけではないので、問題をぼやかさないためには、「カンガルーケアは危険です!」としていた方が良いかもしれない。

『「早期母子接触」実施の留意点』が出された際に、

分娩施設は、「早期母子接触」実施の有無にかかわらず、新生児蘇生法(NCPR)の研修を受けたスタッフを常時配置し、突然の児の急変に備える。

ともあったはずで、これは助産所・自宅出産だとまたもや何故かスルーでOKなのか? も問題視して考えてみて欲しいです。なぜならば、カンガルーケアと呼んだまま、早期母子接触を行っている開業助産師はまだまだいるはずですから。また、配置されているとしても、マンパワーとして満ちていなければ、「配置されているから安全・安心」も遠いものと思えます。なので、こちらで選ばれているベストアンサーの内容(Yahoo! 知恵蔵>カンガルーケアの危険性について)に愕然としました。子どもの生命に関わる問題に対して

それよりも、ご自分のお子さんを出産されたら1番に「胸に抱きしめたい!」と思いませんか?
私もカンガルーケアをしましたが、とても幸せなひと時でした。
危険性を読みましたが、それでもまた機会があればカンガルーケアをさせてもらいます。

って、凄く怖くて悲しい気持ちになりました。最初に胸に抱いたら子どもの死や障害につながったっていう話を基にしているのに...この「何がなんでも良さそうだからしようよ!」っていうのはダメでしょう。自然万歳の助産所や自宅出産でも度々ある問題の感覚なのですが、やっぱりカンガルーケアもそういう問題の中なんですよね。


何が大切なのか? をもう一度といわず何度でも考える機会にもするべきです。「子どもが無事に生まれることを祈っているに決まっている!」ならばこそ、そう思っていたのに危険な行為だとは知らずに子どもをかえって危険な状態に導いてしまったという親の苦しみを、もしかしたら自分もその後を辿ってしまっているのかもしれないと、何度も何度も見直して欲しい。
こういった問題は医療者の方たちが議論するだけでは意味がないんです。私たち産む側がこういった情報を事前に知って、そして考えるのも同時にしていかないといけない。だから、「カンガルーケア」と書く前に、そのカンガルーケアに問題があることを知ってほしいのです。