【用手剥離】

【用手剥離】について私がネットで調べることですので、間違い等あれば是非、ご指摘ください。その都度、書き直して正していきたいとおもいます。また、今回も皆さんからのご意見をお借りしておりますので、ご意見くださった皆様に御礼申し上げます。有難うございます。

インターネットホスピタルより

胎盤用手剥離術(たいばんようしゅはくりじゅつ)

何らかの原因によって、赤ちゃんが産まれた後に長時間胎盤が自然に出てこないときに、手で胎盤を子宮から剥がして取り出す手術です。静脈麻酔や全身麻酔を用いて、術者は片手でお母さんのお腹の上から子宮を膣の方向へ圧迫し、もう一方の手を子宮の中に入れ胎盤と子宮の間を指でゆっくりと剥がして行きます。

調べるきっかけは、当ブログにご意見くださったTOYOTAさんの奥さんのお話です。
それについて、医師の方から貴重なご意見を頂きました。

私はコメント欄には詳しくは書きませんでしたが、以前に助産院でお子さんを分娩し、お子さんを搬送する必要が生じたのですが、嘱託医ではなく、あえて別の病院に搬送したと言う方のお話を聞いています。
この親御さんは嘱託医を信頼してもいたのですが、実際には助産師と嘱託医の関係が良くなかったと後から聞いて、この助産院からの搬送は常に別の病院であったそうです。TOYOTAさんのケースを私の話す方の事例と重ねるべきか分かりませんが、何故嘱託医に搬送しなかったのかは疑問です。ここでは嘱託医の問題は一旦下げますが(近く書きますが)、嘱託医が搬送をきちんと受け入れられない状態の施設の可能性もありますので、それは十分に問題とされるべきです。結局は高次医療の病院がみてくれればという考え方がもしも助産師にあるのだとしたら、それは周産期医療の中にあるとはいえませんよね?
基に戻しまして、医師のご意見を頂いた後に、助産師の方からのご意見です。

では実際にはどうかとおもい、「助産院 用手剥離」で検索すると、助産所でも処置しているところがあるので、きちんと出来る助産師もいるようですが、助産院や自宅出産を選択する方は依頼を受ける助産師に用手剥離についてどのような対応をされるのか、事前に聞いておくべきではないかとおもいます。勿論、これだけではないのですけどね、でも【産む側の勉強】はしておくべきです、お腹のお子さんのためにも。更に当ブログでも、suzanさんのもう一つのご意見をお借りして、開業している助産師の方、もしくは勤務されている助産師の方でも潜在助産師の方でも、実情を教えていただけたらと願っております。

助産師さんが用手剥離をする機会は確かに少ないと思いますが、
開業する時点でも、勉強しないんでしょうか?
もし、簡単な胎盤用手剥離も学ばないで開業するとしたら
結構、恐ろしいですね。
用手剥離ですぐに胎盤が出てくる軽い癒着胎盤はわりと数が多いと思うんですが、
そういうのも全例、搬送しているってことですかね。
実際に開業している助産師さんに、お話を聞きたいところです。

…ちなみに…
素朴な疑問ですが、用手剥離は医療行為となるってことはないんですか?

自分で自分をいつの間にか、洗脳してしまう…

先日、助産院から緊急搬送され、総合病院で出産したというYさんからメールを頂きました。
結果的に母子共に無事なお産で良かったです。

私がこれから書くことは、被害例といったものではないと思います。 何せ、子供は無事に産まれ今のところ問題なく育っています。自分自身も心身ともに傷つくことは ありませんでした。
でも、今こちらのブログを拝読するにつけ、「もしもあの時○○だったら・・・」と考えずにいられないのです。
“たら/れば”の話ではありますが、助産院から搬送された人、つまり助産院でトラブルが起きたとはカウントされない人の実態の一つとしてお聞きいただければと思います。

私は特に自然志向という訳じゃありません。
助産院を選んだ理由は、母親の出産の話が壮絶で、(意地の悪い病院で大難産、痛いわ精神的に辛いわで脱走したという話)
小さい時から繰り返し聞いているので大病院での出産が怖かったんです。今そんな病院はないだろうし、病院での出産が特別悪いものではないのは頭ではわかってたんですが近くに助産院も病院もある恵まれた環境で、「消去法で」怖くなさそうな助産院を選びました。自宅から4駅ほどのところですが、慣れ親しんだ地元なので精神面に良いのではと思い選びました。

陣痛も起きず痛くもなく何も辛いところはなかったのですが、子供の心拍音が不規則になっているとかで私は「搬送になるのかな」と思いました。その時、おなかの横で助産師さんが必死に小さな瓶を何本も振っていました。
そうです、ホメオパシーのレメディです。たぶん、「胎児と波動が合っていれば何か反応がある」というようなマッチングテストをやっていたんではないかと。
当時はホメオパシーについては詳しく知らないもののなんとなく副作用もないし効くって噂だし、という程度で「それってホメオパシーですか〜?」「そうですよ」という会話をした記憶があります。
飲まされたかどうかは記憶にないんですけど。欧州が好きでよく旅して てホメオパシーの存在は薬局にあるものとして昔から知ってたんで抵抗なかったんですね。

今振り返ると「早く搬送して!」なんですが、当時は助産師さんに何もかも任せればいいのだ、この人はプロなんだ。お医者さんにはわからないことも体験してるんだ。そう思ってたんです。
妊娠中に読んだ本や雑誌などで「ぎりぎりまで待つ」「大丈夫赤ちゃん
にはその力がある。」「出てきたい時に出てくる」と予習してましたし。

院長先生が見に来て、提携の産婦人科に連絡、大学病院に搬送しましょうという話になったようで、ひどくなる前に救急車で搬送され、近くの大学病院で出産しました。安産でした。
病院についてすぐ看護婦さんが飛んできてくれて、氷の入ったお水をストロー付きで渡してくれて(絶対に冷えたものを口にするな、という教えだったのでその差にびっくりしました)体を温かい沐浴液でやさしく拭いてくれたり患者というよりゲストと いった感じで扱っていただき本当に驚きました。
助産院からいらしたんですね。色々と勝手が違いますよね、何でもおっしゃってくださいね」と優しく声をかけていただいたのに、その時は病院へ迎えられた安堵感と同時に「ああ助産院で産めなかった」という残念な気持ちもあり「こうなったら病院でもいいです、お世話になります」という心境でした。

なんでそんな意識になっちゃったのか。最初は消去法で選んだだけだったのに。

考えれば考えるほど色々と理由が浮かんできます。助産院では食事や生活習慣についてかなりスパルタでした。院長は静かで頼れそうなカリスマ的な雰囲気があって「この人に怒られたくない」「ほめられたい」といった気持ちがあったんだと思います。
臨月まで頑張ってやってきた、こうなったらなんとしてでもココで産みたい、そんな心境だったのではと。
特に自然志向の人はその傾向は強いのでは?
「今までの人生、食べ物に気をつけて人工的なものを避けて生きてきたのに」「今さら妥協できない」となりそうです。

そして出産に関する色々な本などの知識。「自然なお産はすばらしい」・・・いつの間にか助産院で産むことが、まるで志望校に合格したい、という感覚になってしまっていました。試験勉強の代わりに体作りをせっせと頑張り、院の方針には従うつもりでいる訳です。

助産院のセミナーでもサポートする病院の先生などがほとんどのケースは無事に出産できると証言してましたし。
そこで出産した人も体験談を語ってて。助産院で産めることを楽しみにしていました。
たまたま無事だったからそこで産めて、体験談も語れる、そんな簡単なことも気付かずにいました。一度信用すると「助産院で出産するリスク」なんてのは耳に入らないです。「それはお医者さん側の考え方でしょう」となってしまうわけです。
今私がここまで反省できるのは時が経ったからです。

「子供にもしものことがあったら?それはそうなるべき命だった」という考え方、もしかしたら持っていたかもしれません。そんなことは自分には起きないと無意識に、しかし強く信じていたからです。誰も悪者にしない一番楽な考え方ですからね。

病院に搬送される際「どうなったか絶対連絡してくださいね」と送り出されました。出産後電話しました。「赤ちゃんの首にへその緒が少しかかっていたみたいです。巻き付いてた訳じゃないんですけど。」
「そう、無事に産まれて良かったわ。破水したのはきっと赤ちゃんが教えてくれたのね」
といったことを言われました。本当にその通りだと思いました。助産院の方も心から安心しておっしゃってくれたと思います。
でも・・・
耳あたりのいい言葉だけど、もし無事に産まれてなくても「赤ちゃんが選んだ道」とか言えてしまう魔法の言葉でもありますね。

この場をお借りして、医療従事者の方々にはお詫びと感謝の気持ちを申し上げたいです。
こちらのブログで初めてこんな自分を暖かく迎えてくださった病院のありがたさがわかりましたし、助産院の尻拭いをさせてしまった申し訳なさも感じました。このご時世ですんなり病院に運ばれたのもとてもラッキーなことだったのだと思い知りまし
た。

病院でのお産だって100%の無事は約束出来ないことです。
ただ、助産院や自宅からの搬送(搬送してもらえるだけでも羨ましいともいえますが…)の場合は酷い状況になってからのケースが多いという意見も出ています。
Yさんの場合も、院長がいなかったりしたら、もしかしたら「もっと様子をみよう」となっていたかもしれません。ギリギリまで待つって、よく聞きます。
それは「赤ちゃんの声を聞く」とも表現されたりしていますが、ギリギリまで待って最悪な結果になるっていうことは決して少なくない事実だとおもいます。
また、酷くなる前だとしても搬送を考えるよりも先にホメオパシーという、残念な状況もあったようで、そのレメディを飲んだか否かが問題ではなく、“場合によってはそれで様子をみようとしている”という思考が問題だとおもいます。
山口県の件があって今は改善(改心?)されている助産院なのかもしれませんが、私としては助産師会がレメディの選択を親の責任としたことについては「これでもですか?」と問いたくなるお話でした。
母子が無事ならいいじゃない!ってことではないでしょう?

Yさん、有難うございます。
Yさんはご自分のことを冷静に分析され、自分で自分を洗脳してしまうような問題があるということも仰っています。
その通りですね。
具体的に洗脳を受けるということもあるけど、やんわりとじんわりといつしか自分を洗脳してしまっているようなこと、あるかもしれません。
「ここまで頑張ったのだから」という意地は、子供が無事であることを願うことから生じるものであるべきですね。

西洋医学、嘱託医との関係

こうやって助産院の問題が出てくると、VK2に対しての助産師会からの見解にも書いてあるが、
“西洋医学を中心に”
と書くことによって、嘱託医がいるということも正当化に使い、最終的には嘱託医に責任がいくようになっているような気がしてならない。
もうおもうんですけどね、嘱託医はいない方が分かりやすいんじゃないですか?
嘱託医がいるってことで、助産院の問題を抱えた方は責任をそっちにすり替えられてしまう傾向がよくあるようにおもうんです。
純粋に助産師の責任を問いたいのに、どの段階であれ、搬送したということで、搬送先の問題になってしまったり。
嘱託医がいなければ、西洋医学を基にしたインフォームド・コンセントがあったかなかったかは明確になる。
今回の訴訟の件でも、もしかしたら助産師の嘱託医が何処までその事実を把握していたかが問題になってくるかもしれない。
でも助産院もしくは自宅での助産師との話は割けられる時間の量からしてどうしたって濃厚で、嘱託医の健診での説明は“助産院できちんとされている”という前提で端折られていることもあるんじゃないでしょうか。
だったら、最初から全責任を開業助産師が持つようにした方がいい。
医療を否定している人たちが嘱託医を持つなんて、そんな矛盾があるから、医者よりも発言力が強くなり、産む側も助産師に過剰なまでの信頼を持ってしまうのではないだろうか。

もっと助産院や自宅出産をシンプルにしてあげた方がいいのではないかと、乱暴な意見とおもわれるかもしれないけど、そうつくづくおもっております。

ミーハーなのはどっち?!

先日のTBSでの番組内容に対して、もう一つ。
吉村氏が患者に対して、
「ここ(お産の家)にいるってことは、あなた達(確か、3人くらい妊婦が一緒に談話)はミーハーではない」
というような賛辞(?)を…
私からすれば、
「逆にミーハーなのはそちらですよ」
これ、助産院や自宅出産を選択したことを後悔している方なら頷かれるんじゃないかな?

あの頃の私(自然分娩にこだわる私)は、お産に対してミーハーだった。

『反医療』の現実とホメオパシーの問題

昭和育ちさんのご指摘から、今まで私は医療を否定している方たちを『非医療』と表記していましたが、『反医療』に修正させていただく事としました。
過去のものに関しては、コメント欄含め、修正作業が不可能ですので、ここからとします。
昭和育ちさん、ご指摘有難うございました。

その『反医療』といえる内容があります。
開業助産師のブログです。
わたしの『ほのほ』 - ほのほブログ
その中で
2009年6月24日「わたしの『ほのほ』」という記事があります。
助産師となった件からが反医療です。
この内容は、反医療です。
ご自身は「これは反医療です」と言われたら、立場(嘱託医をお願いしていることとか諸々)の問題からして「違います」と仰るかもしれませんが、どういう言い分であれ、この内容は反医療を唱える内容です。
こういうことに、自分に都合の良い情報を探している方たちは刺激を受けてしまうのです、影響を受けて行くのです−
「そうだよね、やっぱり病院で生まれた赤ちゃんは可哀相だよね!」
「意味も無く、陣痛促進剤を使うんだよ、病院って! 先生の都合でしかないんだよ!」
−では、助産院で死んだ琴子や、自宅出産で一生を奪われた母子は可哀相ではなく、むしろその死や事故は賞賛されるものだというのでしょうか?

病院でも事故はあります、亡くなる方はいます。
しかし、それだけを強調し、助産院や自宅出産で生じている現実を伝えないのは何故なんですか?
もしも正しくあろうとしている助産師であるならば、病院での話より、助産院や自宅出産で生じた事故を基にしたお話をするべきではないでしょうか。
この助産師の方は、自身の助産院で、ホメオパシーの講習会も開かれています(ブログ内で御確認頂けます)。
その案内文で、
『*事情より急遽取りやめる場合がありますので、あしからずご了承ください。その場合こちらから連絡させていただきます』
というお断りの文言があります。
他にも色々と教室を開かれているのですが、このお断りがついているのは、ホメオパシーの講習会だけです。

また、予防接種について、助産師が何を講習すると?
これも本来は凄いナーバスな問題ですよね。
子供の持つアレルギーや他持病等、主治医と相談するように促すのが、本来の助産師としての役目ではないでしょうか。
それとも、はなっから予防接種には反対とかっていうことかな?(推測にしか過ぎません)

助産師として逸脱した行為ではないでしょうか。
これは、助産師が、その助産師としての資格の下でするべきことでしょうか。

助産師としての資格をもってのことですから、こういう問題提議に対しても責任をもって接して欲しいです。


尚、当ブログでご意見くださったり、私がするべき作業・調べ物をしてくださるうさぎ林檎さん(いつも有難うございます!)からのご報告にもありました通り、助産師会の現況には期待が出来ません。
(09/10/14)
日本助産師会のHPで気になる記述を見つけました。平成21年度開催の研修会・セミナーの内容です。
(中略)
助産所における医療安全管理研修会 平成21年10月31日(土)〜11月1日(日)
助産所の管理者は、医療安全管理に積極的に取り組むことが求められます。そこで、助産師業務や助産所における医療安全管理を理解しておくことが重要です。」
・産科医療における事故事例から学ぶ 陣痛促進剤による被害を考える会 代表 出元 明美

産科で起きた問題の検討も重要でしょうが、助産院で実際に起きた事例を検証する方が有意なんじゃないんでしょうか。何と言うか・・・色々疑問です。

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私もうさぎ林檎さんと同じ疑問が生じています。
なんで? なんで医療事故から始めるの?
助産院や自宅出産での事故からこそ、学ぶべきじゃないの?
こういうのって、反医療がチラホラとっておもえてならないのですが…
私の琴子や、他の方の犠牲となったお子さん達、お母さん達からは学ぶことがないの?
なんだったら、私が一緒に研修会に加わりますよ、一緒に考えてくださいよ。

ホメオパシー、レメディの問題>K2シロップの件

K2シロップすら“薬は毒だ”ということで飲ませない助産院・助産師が増えているようです。
※K2シロップの説明
※註;K2シロップを投与していても、100%出血を防げるとはいえない


K2シロップを飲ませなかったことが原因で、お子さんが脳死状態になったというお母さんからご連絡がありました。
ご本人のご希望で、詳細は伏せさせて貰いますが、簡単にお話だけさせていただくという事をご快諾くださりました、有難うございます。

助産師からK2シロップの説明、未投与のリスクなどの説明もなく、
「これ(レメディを見せて)は、K2シロップの代わり。飲ませるね。大丈夫よ〜」
と、出産後すぐのお母さんに考えたり、選択させる機会もないまま、当たり前のようにレメディを助産師に投与されたそうです。
あえてK2シロップを飲ませずに、“K2シロップというレメディ”を飲ませた結果、新生児脳内出血を起こし、ほぼ脳死状態となってしまったそうです。
母子手帳にはK2シロップのレメディを投与した日を、K2シロップ投与日としている為(K2シロップのレメディもシロップ同様に3回投与するらしく、また、投与のタイミングも同じだそうです)、健診等でも医師の方達は問題視されなかったそうです。

助産師が母子手帳に嘘の記述等、かなり問題を感じていますが、お母さんのお気持ちを最優先し、歩幅を合わせて話をしていけたらとおもっております。
本来でしたら、まだお気持ちがまとまらない中で、私が記事にするのは無理させるかなと控える気持ちもありましたが、今、今日、明日でも、助産院や自宅出産での出産はあるわけで、その中ではきっと、看板には書いていなくても、ホメオパシーが浸透し、K2シロップというレメディが生まれたばかりの赤ちゃんに与えられているかもしれないとおもうと、一刻を争うことではないかとおもい、お母さんにお願いし、記事にしました。
これから出産する方には、特に助産院や自宅出産を選択された方には必ず目にして欲しいとおもっています(かなり無理な願いですが…)。

助産院や自宅出産を請け負っている助産師の方、日本助産師会の方、助産院でのお産を推奨している方に伺いたいです。
この事実を聞いても、K2シロップは毒で、嘘の記述をしてでも、K2シロップというレメディを飲ませるべきなのでしょうか。

尚、この記事に関して、件のお母さんへの自己批判論はお控えください。
十分、苦しんでいらっしゃいます。

新聞紙で包む?!

東北のある地域、病院などが近くにないことで、いまでも助産師が頼みの綱だそうです。
そのような地域、自宅出産された方の話です。
助産師が生まれたばかりの赤ちゃんを新聞紙にくるんで、びっくりしている家族に「そのほうが、保温がいいんだ」と言ったそうです。
この話を教えてくださった方の年代から考えても、そんなに古い話ではないとおもいます。
また、この地域の慣習らしく、旦那さんが胎盤を食べるよう勧め、胎盤を焼くことはタブー、生で食べたそうです。

災害等で、どうしてもバスタオルなどがない、何もないからせめてもと新聞紙で包むというのなら解る気もするのですが、あえて新聞紙というのには驚きます。